万葉集の第3巻を一覧にまとめました。
万葉集の第3巻一覧
235 | 大君は神にしませば天雲の雷の上に廬りせるかも |
235S | 大君は神にしませば雲隠る雷山に宮敷きいます |
236 | いなと言へど強ふる志斐のが強ひ語りこのころ聞かずて我れ恋ひにけり |
237 | いなと言へど語れ語れと宣らせこそ志斐いは申せ強ひ語りと詔る |
238 | 大宮の内まで聞こゆ網引すと網子ととのふる海人の呼び声 |
239 | やすみしし我が大君高照らす我が日の御子の馬並めて御狩り立たせる若薦を狩路の小野に獣こそばい匍ひ拝め鶉こそい匍ひ廻れ獣じものい匍ひ拝み鶉なすい匍ひ廻り畏みと仕へまつりてひさかたの天見るごとくまそ鏡仰ぎて見れど春草のいやめづらしき我が大君かも |
240 | ひさかたの天行く月を網に刺し我が大君は蓋にせり |
241 | 大君は神にしませば真木の立つ荒山中に海を成すかも |
242 | 滝の上の三船の山に居る雲の常にあらむと我が思はなくに |
243 | 大君は千年に座さむ白雲も三船の山に絶ゆる日あらめや |
244 | み吉野の三船の山に立つ雲の常にあらむと我が思はなくに |
245 | 聞きしごとまこと尊くくすしくも神さびをるかこれの水島 |
246 | 芦北の野坂の浦ゆ船出して水島に行かむ波立つなゆめ |
247 | 沖つ波辺波立つとも我が背子が御船の泊り波立ためやも |
248 | 隼人の薩摩の瀬戸を雲居なす遠くも我れは今日見つるかも |
249 | 御津の崎波を畏み隠江の舟公宣奴嶋尓 |
250 | 玉藻刈る敏馬を過ぎて夏草の野島が崎に船近づきぬ |
251 | 淡路の野島が崎の浜風に妹が結びし紐吹き返す |
252 | 荒栲の藤江の浦に鱸釣る海人とか見らむ旅行く我れを |
253 | 稲日野も行き過ぎかてに思へれば心恋しき加古の島見ゆ一云水門見ゆ |
254 | 燈火の明石大門に入らむ日や漕ぎ別れなむ家のあたり見ず |
255 | 天離る鄙の長道ゆ恋ひ来れば明石の門より大和島見ゆ一本云家のあたり見ゆ |
256 | 笥飯の海の庭よくあらし刈薦の乱れて出づ見ゆ海人の釣船 |
257 | 天降りつく天の香具山霞立つ春に至れば松風に池波立ちて桜花木の暗茂に沖辺には鴨妻呼ばひ辺つ辺にあぢ群騒きももしきの大宮人の退り出て遊ぶ船には楫棹もなくて寂しも漕ぐ人なしに |
258 | 人漕がずあらくもしるし潜きする鴛鴦とたかべと船の上に棲む |
259 | いつの間も神さびけるか香具山の桙杉の本に苔生すまでに |
260 | 天降りつく神の香具山うち靡く春さり来れば桜花木の暗茂に松風に池波立ち辺つ辺にはあぢ群騒き沖辺には鴨妻呼ばひももしきの大宮人の退り出て漕ぎける船は棹楫もなくて寂しも漕がむと思へど |
261 | やすみしし我が大君高照らす日の御子敷きいます大殿の上にひさかたの天伝ひ来る雪じもの行き通ひつついや常世まで |
262 | 矢釣山木立も見えず降りまがふ雪に騒ける朝楽しも |
263 | 馬ないたく打ちてな行きそ日ならべて見ても我が行く志賀にあらなくに |
264 | もののふの八十宇治川の網代木にいさよふ波のゆくへ知らずも |
265 | 苦しくも降り来る雨か三輪の崎狭野の渡りに家もあらなくに |
266 | 近江の海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのにいにしへ思ほゆ |
267 | むささびは木末求むとあしひきの山のさつ男にあひにけるかも |
268 | 我が背子が古家の里の明日香には千鳥鳴くなり妻待ちかねて |
269 | 人見ずは我が袖もちて隠さむを焼けつつかあらむ着ずて来にけり |
270 | 旅にしてもの恋しきに山下の赤のそほ船沖を漕ぐ見ゆ |
271 | 桜田へ鶴鳴き渡る年魚市潟潮干にけらし鶴鳴き渡る |
272 | 四極山うち越え見れば笠縫の島漕ぎ隠る棚なし小舟 |
273 | 磯の崎漕ぎ廻み行けば近江の海八十の港に鶴さはに鳴く未詳 |
274 | 我が舟は比良の港に漕ぎ泊てむ沖へな離りさ夜更けにけり |
275 | いづくにか我は宿らむ高島の勝野の原にこの日暮れなば |
276 | 妹も我れも一つなれかも三河なる二見の道ゆ別れかねつる |
277 | 早来ても見てましものを山背の高の槻群散りにけるかも |
278 | 志賀の海女は藻刈り塩焼き暇なみ櫛笥の小櫛取りも見なくに |
279 | 我妹子に猪名野は見せつ名次山角の松原いつか示さむ |
280 | いざ子ども大和へ早く白菅の真野の榛原手折りて行かむ |
281 | 白菅の真野の榛原行くさ来さ君こそ見らめ真野の榛原 |
282 | つのさはふ磐余も過ぎず泊瀬山いつかも越えむ夜は更けにつつ |
283 | 住吉の得名津に立ちて見わたせば武庫の泊りゆ出づる船人 |
284 | 焼津辺に我が行きしかば駿河なる阿倍の市道に逢ひし子らはも |
285 | 栲領巾の懸けまく欲しき妹が名をこの背の山に懸けばいかにあらむ一云替へばいかにあらむ |
286 | よろしなへ我が背の君が負ひ来にしこの背の山を妹とは呼ばじ |
287 | ここにして家やもいづく白雲のたなびく山を越えて来にけり |
288 | 我が命のま幸くあらばまたも見む志賀の大津に寄する白波 |
289 | 天の原振り放け見れば白真弓張りて懸けたり夜道はよけむ |
290 | 倉橋の山を高みか夜隠りに出で来る月の光乏しき |
291 | 真木の葉のしなふ背の山偲はずて我が越え行けば木の葉知りけむ |
292 | ひさかたの天の探女が岩船の泊てし高津はあせにけるかも |
293 | 潮干の御津の海女のくぐつ持ち玉藻刈るらむいざ行きて見む |
294 | 風をいたみ沖つ白波高からし海人の釣舟浜に帰りぬ |
295 | 住吉の岸の松原遠つ神我が大君の幸しところ |
296 | 廬原の清見の崎の三保の浦のゆたけき見つつ物思ひもなし |
297 | 昼見れど飽かぬ田子の浦大君の命畏み夜見つるかも |
298 | 真土山夕越え行きて廬前の角太川原にひとりかも寝む |
299 | 奥山の菅の葉しのぎ降る雪の消なば惜しけむ雨な降りそね |
300 | 佐保過ぎて奈良の手向けに置く幣は妹を目離れず相見しめとぞ |
301 | 岩が根のこごしき山を越えかねて音には泣くとも色に出でめやも |
302 | 子らが家道やや間遠きをぬばたまの夜渡る月に競ひあへむかも |
303 | 名ぐはしき印南の海の沖つ波千重に隠りぬ大和島根は |
304 | 大君の遠の朝廷とあり通ふ島門を見れば神代し思ほゆ |
305 | かく故に見じと言ふものを楽浪の旧き都を見せつつもとな |
306 | 伊勢の海の沖つ白波花にもが包みて妹が家づとにせむ |
307 | はだ薄久米の若子がいましける一云けむ三穂の石室は見れど飽かぬかも一云荒れにけるかも |
308 | 常磐なす石室は今もありけれど住みける人ぞ常なかりける |
309 | 石室戸に立てる松の木汝を見れば昔の人を相見るごとし |
310 | 東の市の植木の木垂るまで逢はず久しみうべ恋ひにけり |
311 | 梓弓引き豊国の鏡山見ず久ならば恋しけむかも |
312 | 昔こそ難波田舎と言はれけめ今は都引き都びにけり |
313 | み吉野の滝の白波知らねども語りし継げばいにしへ思ほゆ |
314 | さざれ波礒越道なる能登瀬川音のさやけさたぎつ瀬ごとに |
315 | み吉野の吉野の宮は山からし貴くあらし川からしさやけくあらし天地と長く久しく万代に変はらずあらむ幸しの宮 |
316 | 昔見し象の小川を今見ればいよよさやけくなりにけるかも |
317 | 天地の別れし時ゆ神さびて高く貴き駿河なる富士の高嶺を天の原振り放け見れば渡る日の影も隠らひ照る月の光も見えず白雲もい行きはばかり時じくぞ雪は降りける語り継ぎ言ひ継ぎ行かむ富士の高嶺は |
318 | 田子の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ富士の高嶺に雪は降りける |
319 | なまよみの甲斐の国うち寄する駿河の国とこちごちの国のみ中ゆ出で立てる富士の高嶺は天雲もい行きはばかり飛ぶ鳥も飛びも上らず燃ゆる火を雪もち消ち降る雪を火もち消ちつつ言ひも得ず名付けも知らずくすしくもいます神かもせの海と名付けてあるもその山のつつめる海ぞ富士川と人の渡るもその山の水のたぎちぞ日の本の大和の国の鎮めともいます神かも宝ともなれる山かも駿河なる富士の高嶺は見れど飽かぬかも |
320 | 富士の嶺に降り置く雪は六月の十五日に消ぬればその夜降りけり |
321 | 富士の嶺を高み畏み天雲もい行きはばかりたなびくものを |
322 | すめろきの神の命の敷きませる国のことごと湯はしもさはにあれども島山の宣しき国とこごしかも伊予の高嶺の射狭庭の岡に立たして歌思ひ辞思はししみ湯の上の木群を見れば臣の木も生ひ継ぎにけり鳴く鳥の声も変らず遠き代に神さびゆかむ幸しところ |
323 | ももしきの大宮人の熟田津に船乗りしけむ年の知らなく |
324 | みもろの神なび山に五百枝さししじに生ひたる栂の木のいや継ぎ継ぎに玉葛絶ゆることなくありつつもやまず通はむ明日香の古き都は山高み川とほしろし春の日は山し見がほし秋の夜は川しさやけし朝雲に鶴は乱れ夕霧にかはづは騒く見るごとに音のみし泣かゆいにしへ思へば |
325 | 明日香河川淀さらず立つ霧の思ひ過ぐべき恋にあらなくに |
326 | 見わたせば明石の浦に燭す火の穂にぞ出でぬる妹に恋ふらく |
327 | 海神の沖に持ち行きて放つともうれむぞこれがよみがへりなむ |
328 | あをによし奈良の都は咲く花のにほふがごとく今盛りなり |
329 | やすみしし我が大君の敷きませる国の中には都し思ほゆ |
330 | 藤波の花は盛りになりにけり奈良の都を思ほすや君 |
331 | 我が盛りまたをちめやもほとほとに奈良の都を見ずかなりなむ |
332 | 我が命も常にあらぬか昔見し象の小川を行きて見むため |
333 | 浅茅原つばらつばらにもの思へば古りにし里し思ほゆるかも |
334 | 忘れ草我が紐に付く香具山の古りにし里を忘れむがため |
335 | 我が行きは久にはあらじ夢のわだ瀬にはならずて淵にありこそ |
336 | しらぬひ筑紫の綿は身に付けていまだは着ねど暖けく見ゆ |
337 | 憶良らは今は罷らむ子泣くらむそれその母も我を待つらむぞ |
338 | 験なきものを思はずは一杯の濁れる酒を飲むべくあるらし |
339 | 酒の名を聖と負ほせしいにしへの大き聖の言の宣しさ |
340 | いにしへの七の賢しき人たちも欲りせしものは酒にしあるらし |
341 | 賢しみと物言ふよりは酒飲みて酔ひ泣きするしまさりたるらし |
342 | 言はむすべ為むすべ知らず極まりて貴きものは酒にしあるらし |
343 | なかなかに人とあらずは酒壷になりにてしかも酒に染みなむ |
344 | あな醜賢しらをすと酒飲まぬ人をよく見ば猿にかも似む |
345 | 価なき宝といふとも一杯の濁れる酒にあにまさめやも |
346 | 夜光る玉といふとも酒飲みて心を遣るにあにしかめやも |
347 | 世間の遊びの道に楽しきは酔ひ泣きするにあるべくあるらし |
348 | この世にし楽しくあらば来む世には虫に鳥にも我れはなりなむ |
349 | 生ける者遂にも死ぬるものにあればこの世なる間は楽しくをあらな |
350 | 黙居りて賢しらするは酒飲みて酔ひ泣きするになほしかずけり |
351 | 世間を何に譬へむ朝開き漕ぎ去にし船の跡なきごとし |
352 | 葦辺には鶴がね鳴きて港風寒く吹くらむ津乎の崎はも |
353 | み吉野の高城の山に白雲は行きはばかりてたなびけり見ゆ |
354 | 縄の浦に塩焼く煙夕されば行き過ぎかねて山にたなびく |
355 | 大汝少彦名のいましけむ志都の石屋は幾代経にけむ |
356 | 今日もかも明日香の川の夕さらずかはづ鳴く瀬のさやけくあるらむ或本歌發句云明日香川今もかもとな |
357 | 縄の浦ゆそがひに見ゆる沖つ島漕ぎ廻る舟は釣りしすらしも |
358 | 武庫の浦を漕ぎ廻る小舟粟島をそがひに見つつ羨しき小舟 |
359 | 阿倍の島鵜の住む磯に寄する波間なくこのころ大和し思ほゆ |
360 | 潮干なば玉藻刈りつめ家の妹が浜づと乞はば何を示さむ |
361 | 秋風の寒き朝明を佐農の岡越ゆらむ君に衣貸さましを |
362 | みさご居る磯廻に生ふるなのりその名は告らしてよ親は知るとも |
363 | みさご居る荒磯に生ふるなのりそのよし名は告らせ親は知るとも |
364 | ますらをの弓末振り起し射つる矢を後見む人は語り継ぐがね |
365 | 塩津山打ち越え行けば我が乗れる馬ぞつまづく家恋ふらしも |
366 | 越の海の角鹿の浜ゆ大船に真楫貫き下ろし鯨魚取り海道に出でて喘きつつ我が漕ぎ行けばますらをの手結が浦に海女娘子塩焼く煙草枕旅にしあればひとりして見る験なみ海神の手に巻かしたる玉たすき懸けて偲ひつ大和島根を |
367 | 越の海の手結が浦を旅にして見れば羨しみ大和偲ひつ |
368 | 大船に真楫しじ貫き大君の命畏み磯廻するかも |
369 | 物部の臣の壮士は大君の任けのまにまに聞くといふものぞ |
370 | 雨降らずとの曇る夜のぬるぬると恋ひつつ居りき君待ちがてり |
371 | 意宇の海の河原の千鳥汝が鳴けば我が佐保川の思ほゆらくに |
372 | 春日を春日の山の高座の御笠の山に朝さらず雲居たなびき貌鳥の間なくしば鳴く雲居なす心いさよひその鳥の片恋のみに昼はも日のことごと夜はも夜のことごと立ちて居て思ひぞ我がする逢はぬ子故に |
373 | 高座の御笠の山に鳴く鳥の止めば継がるる恋もするかも |
374 | 雨降らば着むと思へる笠の山人にな着せそ濡れは漬つとも |
375 | 吉野なる菜摘の川の川淀に鴨ぞ鳴くなる山蔭にして |
376 | あきづ羽の袖振る妹を玉櫛笥奥に思ふを見たまへ我が君 |
377 | 青山の嶺の白雲朝に日に常に見れどもめづらし我が君 |
378 | いにしへの古き堤は年深み池の渚に水草生ひにけり |
379 | ひさかたの天の原より生れ来る神の命奥山の賢木の枝にしらか付け木綿取り付けて斎瓮を斎ひ掘り据ゑ竹玉を繁に貫き垂れ獣じもの膝折り伏してたわや女の襲取り懸けかくだにも我れは祈ひなむ君に逢はじかも |
380 | 木綿畳手に取り持ちてかくだにも我れは祈ひなむ君に逢はじかも |
381 | 家思ふと心進むな風まもり好くしていませ荒しその道 |
382 | 鶏が鳴く東の国に高山はさはにあれども二神の貴き山の並み立ちの見が欲し山と神世より人の言ひ継ぎ国見する筑波の山を冬こもり時じき時と見ずて行かばまして恋しみ雪消する山道すらをなづみぞ我が来る |
383 | 筑波嶺を外のみ見つつありかねて雪消の道をなづみ来るかも |
384 | 我がやどに韓藍蒔き生ほし枯れぬれど懲りずてまたも蒔かむとぞ思ふ |
385 | 霰降り吉志美が岳をさがしみと草取りかなわ妹が手を取る |
386 | この夕柘のさ枝の流れ来ば梁は打たずて取らずかもあらむ |
387 | いにしへに梁打つ人のなかりせばここにもあらまし柘の枝はも |
388 | 海神はくすしきものか淡路島中に立て置きて白波を伊予に廻らし居待月明石の門ゆは夕されば潮を満たしめ明けされば潮を干しむ潮騒の波を畏み淡路島礒隠り居ていつしかもこの夜の明けむとさもらふに寐の寝かてねば滝の上の浅野の雉明けぬとし立ち騒くらしいざ子どもあへて漕ぎ出む庭も静けし |
389 | 島伝ひ敏馬の崎を漕ぎ廻れば大和恋しく鶴さはに鳴く |
390 | 軽の池の浦廻行き廻る鴨すらに玉藻の上にひとり寝なくに |
391 | 鳥総立て足柄山に船木伐り木に伐り行きつあたら船木を |
392 | ぬばたまのその夜の梅をた忘れて折らず来にけり思ひしものを |
393 | 見えずとも誰れ恋ひざらめ山の端にいさよふ月を外に見てしか |
394 | 標結ひて我が定めてし住吉の浜の小松は後も我が松 |
395 | 託馬野に生ふる紫草衣に染めいまだ着ずして色に出でにけり |
396 | 陸奥の真野の草原遠けども面影にして見ゆといふものを |
397 | 奥山の岩本菅を根深めて結びし心忘れかねつも |
398 | 妹が家に咲きたる梅のいつもいつもなりなむ時に事は定めむ |
399 | 妹が家に咲きたる花の梅の花実にしなりなばかもかくもせむ |
400 | 梅の花咲きて散りぬと人は言へど我が標結ひし枝にあらめやも |
401 | 山守のありける知らにその山に標結ひ立てて結ひの恥しつ |
402 | 山守はけだしありとも我妹子が結ひけむ標を人解かめやも |
403 | 朝に日に見まく欲りするその玉をいかにせばかも手ゆ離れずあらむ |
404 | ちはやぶる神の社しなかりせば春日の野辺に粟蒔かましを |
405 | 春日野に粟蒔けりせば鹿待ちに継ぎて行かましを社し恨めし |
406 | 我が祭る神にはあらず大夫に憑きたる神ぞよく祭るべし |
407 | 春霞春日の里の植ゑ子水葱苗なりと言ひし枝はさしにけむ |
408 | なでしこがその花にもが朝な朝な手に取り持ちて恋ひぬ日なけむ |
409 | 一日には千重波しきに思へどもなぞその玉の手に巻きかたき |
410 | 橘を宿に植ゑ生ほし立ちて居て後に悔ゆとも験あらめやも |
411 | 我妹子がやどの橘いと近く植ゑてし故にならずはやまじ |
412 | いなだきにきすめる玉は二つなしかにもかくにも君がまにまに |
413 | 須磨の海女の塩焼き衣の藤衣間遠にしあればいまだ着なれず |
414 | あしひきの岩根こごしみ菅の根を引かばかたみと標のみぞ結ふ |
415 | 家にあらば妹が手まかむ草枕旅に臥やせるこの旅人あはれ |
416 | 百伝ふ磐余の池に鳴く鴨を今日のみ見てや雲隠りなむ |
417 | 大君の和魂あへや豊国の鏡の山を宮と定むる |
418 | 豊国の鏡の山の岩戸立て隠りにけらし待てど来まさず |
419 | 岩戸破る手力もがも手弱き女にしあればすべの知らなく |
420 | なゆ竹のとをよる御子さ丹つらふ我が大君はこもりくの初瀬の山に神さびに斎きいますと玉梓の人ぞ言ひつるおよづれか我が聞きつるたはことか我が聞きつるも天地に悔しきことの世間の悔しきことは天雲のそくへの極み天地の至れるまでに杖つきもつかずも行きて夕占問ひ石占もちて我が宿にみもろを立てて枕辺に斎瓮を据ゑ竹玉を間なく貫き垂れ木綿たすきかひなに懸けて天なるささらの小野の七節菅手に取り持ちてひさかたの天の川原に出で立ちてみそぎてましを高山の巌の上にいませつるかも |
421 | およづれのたはこととかも高山の巌の上に君が臥やせる |
422 | 石上布留の山なる杉群の思ひ過ぐべき君にあらなくに |
423 | つのさはふ磐余の道を朝さらず行きけむ人の思ひつつ通ひけまくは霍公鳥鳴く五月にはあやめぐさ花橘を玉に貫き一云貫き交へかづらにせむと九月のしぐれの時は黄葉を折りかざさむと延ふ葛のいや遠長く一云葛の根のいや遠長に万代に絶えじと思ひて一云大船の思ひたのみて通ひけむ君をば明日ゆ一云君を明日ゆは外にかも見む |
424 | こもりくの泊瀬娘子が手に巻ける玉は乱れてありと言はずやも |
425 | 川風の寒き泊瀬を嘆きつつ君が歩くに似る人も逢へや |
426 | 草枕旅の宿りに誰が嬬か国忘れたる家待たまくに |
427 | 百足らず八十隈坂に手向けせば過ぎにし人にけだし逢はむかも |
428 | こもりくの初瀬の山の山の際にいさよふ雲は妹にかもあらむ |
429 | 山の際ゆ出雲の子らは霧なれや吉野の山の嶺にたなびく |
430 | 八雲さす出雲の子らが黒髪は吉野の川の沖になづさふ |
431 | いにしへにありけむ人の倭文幡の帯解き交へて伏屋立て妻問ひしけむ勝鹿の真間の手児名が奥つ城をこことは聞けど真木の葉や茂くあるらむ松が根や遠く久しき言のみも名のみも我れは忘らゆましじ |
432 | 我れも見つ人にも告げむ勝鹿の真間の手児名が奥つ城ところ |
433 | 葛飾の真間の入江にうち靡く玉藻刈りけむ手児名し思ほゆ |
434 | 風早の美穂の浦廻の白つつじ見れども寂しなき人思へば或云見れば悲しもなき人思ふに |
435 | みつみつし久米の若子がい触れけむ礒の草根の枯れまく惜しも |
436 | 人言の繁きこのころ玉ならば手に巻き持ちて恋ひずあらましを |
437 | 妹も我れも清みの川の川岸の妹が悔ゆべき心は持たじ |
438 | 愛しき人のまきてし敷栲の我が手枕をまく人あらめや |
439 | 帰るべく時はなりけり都にて誰が手本をか我が枕かむ |
440 | 都なる荒れたる家にひとり寝ば旅にまさりて苦しかるべし |
441 | 大君の命畏み大殯の時にはあらねど雲隠ります |
442 | 世間は空しきものとあらむとぞこの照る月は満ち欠けしける |
443 | 天雲の向伏す国のますらをと言はれし人は天皇の神の御門に外の重に立ち侍ひ内の重に仕へ奉りて玉葛いや遠長く祖の名も継ぎ行くものと母父に妻に子どもに語らひて立ちにし日よりたらちねの母の命は斎瓮を前に据ゑ置きて片手には木綿取り持ち片手には和栲奉り平けくま幸くいませと天地の神を祈ひ祷みいかにあらむ年月日にかつつじ花にほへる君がにほ鳥のなづさひ来むと立ちて居て待ちけむ人は大君の命畏みおしてる難波の国にあらたまの年経るまでに白栲の衣も干さず朝夕にありつる君はいかさまに思ひませかうつせみの惜しきこの世を露霜の置きて去にけむ時にあらずして |
444 | 昨日こそ君はありしか思はぬに浜松の上に雲にたなびく |
445 | いつしかと待つらむ妹に玉梓の言だに告げず去にし君かも |
446 | 我妹子が見し鞆の浦のむろの木は常世にあれど見し人ぞなき |
447 | 鞆の浦の礒のむろの木見むごとに相見し妹は忘らえめやも |
448 | 礒の上に根延ふむろの木見し人をいづらと問はば語り告げむか |
449 | 妹と来し敏馬の崎を帰るさにひとりし見れば涙ぐましも |
450 | 行くさにはふたり我が見しこの崎をひとり過ぐれば心悲しも一云見も放かず来ぬ |
451 | 人もなき空しき家は草枕旅にまさりて苦しかりけり |
452 | 妹としてふたり作りし我が山斎は木高く茂くなりにけるかも |
453 | 我妹子が植ゑし梅の木見るごとに心咽せつつ涙し流る |
454 | はしきやし栄えし君のいましせば昨日も今日も我を召さましを |
455 | かくのみにありけるものを萩の花咲きてありやと問ひし君はも |
456 | 君に恋ひいたもすべなみ葦鶴の哭のみし泣かゆ朝夕にして |
457 | 遠長く仕へむものと思へりし君しまさねば心どもなし |
458 | みどり子の匍ひたもとほり朝夕に哭のみぞ我が泣く君なしにして |
459 | 見れど飽かずいましし君が黄葉のうつりい行けば悲しくもあるか |
460 | 栲づのの新羅の国ゆ人言をよしと聞かして問ひ放くる親族兄弟なき国に渡り来まして大君の敷きます国にうち日さす都しみみに里家はさはにあれどもいかさまに思ひけめかもつれもなき佐保の山辺に泣く子なす慕ひ来まして敷栲の家をも作りあらたまの年の緒長く住まひつついまししものを生ける者死ぬといふことに免れぬものにしあれば頼めりし人のことごと草枕旅なる間に佐保川を朝川渡り春日野をそがひに見つつあしひきの山辺をさして夕闇と隠りましぬれ言はむすべ為むすべ知らにたもとほりただひとりして白栲の衣袖干さず嘆きつつ我が泣く涙有間山雲居たなびき雨に降りきや |
461 | 留めえぬ命にしあれば敷栲の家ゆは出でて雲隠りにき |
462 | 今よりは秋風寒く吹きなむをいかにかひとり長き夜を寝む |
463 | 長き夜をひとりや寝むと君が言へば過ぎにし人の思ほゆらくに |
464 | 秋さらば見つつ偲へと妹が植ゑしやどのなでしこ咲きにけるかも |
465 | うつせみの世は常なしと知るものを秋風寒み偲ひつるかも |
466 | 我がやどに花ぞ咲きたるそを見れど心もゆかずはしきやし妹がありせば水鴨なすふたり並び居手折りても見せましものをうつせみの借れる身なれば露霜の消ぬるがごとくあしひきの山道をさして入日なす隠りにしかばそこ思ふに胸こそ痛き言ひもえず名づけも知らず跡もなき世間にあれば為むすべもなし |
467 | 時はしもいつもあらむを心痛くい行く我妹かみどり子を置きて |
468 | 出でて行く道知らませばあらかじめ妹を留めむ関も置かましを |
469 | 妹が見しやどに花咲き時は経ぬ我が泣く涙いまだ干なくに |
470 | かくのみにありけるものを妹も我れも千年のごとく頼みたりけり |
471 | 家離りいます我妹を留めかね山隠しつれ心どもなし |
472 | 世間し常かくのみとかつ知れど痛き心は忍びかねつも |
473 | 佐保山にたなびく霞見るごとに妹を思ひ出泣かぬ日はなし |
474 | 昔こそ外にも見しか我妹子が奥つ城と思へばはしき佐保山 |
475 | かけまくもあやに畏し言はまくもゆゆしきかも我が大君皇子の命万代に見したまはまし大日本久迩の都はうち靡く春さりぬれば山辺には花咲きををり川瀬には鮎子さ走りいや日異に栄ゆる時におよづれのたはこととかも白栲に舎人よそひて和束山御輿立たしてひさかたの天知らしぬれ臥いまろびひづち泣けども為むすべもなし |
476 | 我が大君天知らさむと思はねばおほにぞ見ける和束杣山 |
477 | あしひきの山さへ光り咲く花の散りぬるごとき我が大君かも |
478 | かけまくもあやに畏し我が大君皇子の命のもののふの八十伴の男を召し集へ率ひたまひ朝狩に鹿猪踏み起し夕狩に鶉雉踏み立て大御馬の口抑へとめ御心を見し明らめし活道山木立の茂に咲く花もうつろひにけり世間はかくのみならしますらをの心振り起し剣太刀腰に取り佩き梓弓靫取り負ひて天地といや遠長に万代にかくしもがもと頼めりし皇子の御門の五月蝿なす騒く舎人は白栲に衣取り着て常なりし笑ひ振舞ひいや日異に変らふ見れば悲しきろかも |
479 | はしきかも皇子の命のあり通ひ見しし活道の道は荒れにけり |
480 | 大伴の名に負ふ靫帯びて万代に頼みし心いづくか寄せむ |
481 | 白栲の袖さし交へて靡き寝し我が黒髪のま白髪になりなむ極み新世にともにあらむと玉の緒の絶えじい妹と結びてしことは果たさず思へりし心は遂げず白栲の手本を別れにきびにし家ゆも出でてみどり子の泣くをも置きて朝霧のおほになりつつ山背の相楽山の山の際に行き過ぎぬれば言はむすべ為むすべ知らに我妹子とさ寝し妻屋に朝には出で立ち偲ひ夕には入り居嘆かひ脇ばさむ子の泣くごとに男じもの負ひみ抱きみ朝鳥の哭のみ泣きつつ恋ふれども験をなみと言とはぬものにはあれど我妹子が入りにし山をよすかとぞ思ふ |
482 | うつせみの世のことにあれば外に見し山をや今はよすかと思はむ |
483 | 朝鳥の哭のみし泣かむ我妹子に今またさらに逢ふよしをなみ |