万葉集の第2巻を一覧にまとめました。
万葉集の第2巻一覧
85 | 君が行き日長くなりぬ山尋ね迎へか行かむ待ちにか待たむ |
86 | かくばかり恋ひつつあらずは高山の磐根しまきて死なましものを |
87 | ありつつも君をば待たむうち靡く我が黒髪に霜の置くまでに |
88 | 秋の田の穂の上に霧らふ朝霞いつへの方に我が恋やまむ |
89 | 居明かして君をば待たむぬばたまの我が黒髪に霜は降るとも |
90 | 君が行き日長くなりぬ山たづの迎へを行かむ待つには待たじ |
91 | 妹が家も継ぎて見ましを大和なる大島の嶺に家もあらましを一云妹があたり継ぎても見むに一云家居らましを |
92 | 秋山の木の下隠り行く水の我れこそ益さめ御思ひよりは |
93 | 玉櫛笥覆ふを安み明けていなば君が名はあれど吾が名し惜しも |
94 | 玉櫛笥みむろの山のさな葛さ寝ずはつひに有りかつましじ玉くしげ三室戸山の |
95 | 我れはもや安見児得たり皆人の得かてにすとふ安見児得たり |
96 | み薦刈る信濃の真弓我が引かば貴人さびていなと言はむかも禅師 |
97 | み薦刈る信濃の真弓引かずして強ひさるわざを知ると言はなくに郎女 |
98 | 梓弓引かばまにまに寄らめども後の心を知りかてぬかも郎女 |
99 | 梓弓弦緒取りはけ引く人は後の心を知る人ぞ引く禅師 |
100 | 東人の荷前の箱の荷の緒にも妹は心に乗りにけるかも禅師 |
101 | 玉葛実ならぬ木にはちはやぶる神ぞつくといふならぬ木ごとに |
102 | 玉葛花のみ咲きてならずあるは誰が恋にあらめ我れ恋ひ思ふを |
103 | 我が里に大雪降れり大原の古りにし里に降らまくは後 |
104 | 我が岡のおかみに言ひて降らしめし雪のくだけしそこに散りけむ |
105 | 我が背子を大和へ遣るとさ夜更けて暁露に我れ立ち濡れし |
106 | ふたり行けど行き過ぎかたき秋山をいかにか君がひとり越ゆらむ |
107 | あしひきの山のしづくに妹待つと我れ立ち濡れぬ山のしづくに |
108 | 我を待つと君が濡れけむあしひきの山のしづくにならましものを |
109 | 大船の津守が占に告らむとはまさしに知りて我がふたり寝し |
110 | 大名児を彼方野辺に刈る草の束の間も我れ忘れめや |
111 | いにしへに恋ふる鳥かも弓絃葉の御井の上より鳴き渡り行く |
112 | いにしへに恋ふらむ鳥は霍公鳥けだしや鳴きし我が念へるごと |
113 | み吉野の玉松が枝ははしきかも君が御言を持ちて通はく |
114 | 秋の田の穂向きの寄れる片寄りに君に寄りなな言痛くありとも |
115 | 後れ居て恋ひつつあらずは追ひ及かむ道の隈廻に標結へ我が背 |
116 | 人言を繁み言痛みおのが世にいまだ渡らぬ朝川渡る |
117 | ますらをや片恋せむと嘆けども醜のますらをなほ恋ひにけり |
118 | 嘆きつつますらをのこの恋ふれこそ我が髪結ひの漬ちてぬれけれ |
119 | 吉野川行く瀬の早みしましくも淀むことなくありこせぬかも |
120 | 我妹子に恋ひつつあらずは秋萩の咲きて散りぬる花にあらましを |
121 | 夕さらば潮満ち来なむ住吉の浅香の浦に玉藻刈りてな |
122 | 大船の泊つる泊りのたゆたひに物思ひ痩せぬ人の子故に |
123 | たけばぬれたかねば長き妹が髪このころ見ぬに掻き入れつらむか三方沙弥 |
124 | 人皆は今は長しとたけと言へど君が見し髪乱れたりとも娘子 |
125 | 橘の蔭踏む道の八衢に物をぞ思ふ妹に逢はずして三方沙弥 |
126 | 風流士と我れは聞けるをやど貸さず我れを帰せりおその風流士 |
127 | 風流士に我れはありけりやど貸さず帰しし我れぞ風流士にはある |
128 | 我が聞きし耳によく似る葦の末の足ひく我が背つとめ給ぶべし |
129 | 古りにし嫗にしてやかくばかり恋に沈まむ手童のごと恋をだに忍びかねてむ手童のごと |
130 | 丹生の川瀬は渡らずてゆくゆくと恋痛し我が背いで通ひ来ね |
131 | 石見の海角の浦廻を浦なしと人こそ見らめ潟なしと一云礒なしと人こそ見らめよしゑやし浦はなくともよしゑやし潟は一云礒はなくとも鯨魚取り海辺を指して柔田津の荒礒の上にか青なる玉藻沖つ藻朝羽振る風こそ寄せめ夕羽振る波こそ来寄れ波のむたか寄りかく寄り玉藻なす寄り寝し妹を一云はしきよし妹が手本を露霜の置きてし来ればこの道の八十隈ごとに万たびかへり見すれどいや遠に里は離りぬいや高に山も越え来ぬ夏草の思ひ萎へて偲ふらむ妹が門見む靡けこの山 |
132 | 石見のや高角山の木の間より我が振る袖を妹見つらむか |
133 | 笹の葉はみ山もさやにさやげども我れは妹思ふ別れ来ぬれば |
134 | 石見なる高角山の木の間ゆも我が袖振るを妹見けむかも |
135 | つのさはふ石見の海の言さへく唐の崎なる海石にぞ深海松生ふる荒礒にぞ玉藻は生ふる玉藻なす靡き寝し子を深海松の深めて思へどさ寝し夜は幾だもあらず延ふ蔦の別れし来れば肝向ふ心を痛み思ひつつかへり見すれど大船の渡の山の黄葉の散りの乱ひに妹が袖さやにも見えず妻ごもる屋上の一云室上山山の雲間より渡らふ月の惜しけども隠らひ来れば天伝ふ入日さしぬれ大夫と思へる我れも敷栲の衣の袖は通りて濡れぬ |
136 | 青駒が足掻きを速み雲居にぞ妹があたりを過ぎて来にける一云あたりは隠り来にける |
137 | 秋山に落つる黄葉しましくはな散り乱ひそ妹があたり見む一云散りな乱ひそ |
138 | 石見の海津の浦をなみ浦なしと人こそ見らめ潟なしと人こそ見らめよしゑやし浦はなくともよしゑやし潟はなくとも鯨魚取り海辺を指して柔田津の荒礒の上にか青なる玉藻沖つ藻明け来れば波こそ来寄れ夕されば風こそ来寄れ波のむたか寄りかく寄り玉藻なす靡き我が寝し敷栲の妹が手本を露霜の置きてし来ればこの道の八十隈ごとに万たびかへり見すれどいや遠に里離り来ぬいや高に山も越え来ぬはしきやし我が妻の子が夏草の思ひ萎えて嘆くらむ角の里見む靡けこの山 |
139 | 石見の海打歌の山の木の間より我が振る袖を妹見つらむか |
140 | な思ひと君は言へども逢はむ時いつと知りてか我が恋ひずあらむ |
141 | 磐白の浜松が枝を引き結びま幸くあらばまた帰り見む |
142 | 家にあれば笥に盛る飯を草枕旅にしあれば椎の葉に盛る |
143 | 磐代の岸の松が枝結びけむ人は帰りてまた見けむかも |
144 | 磐代の野中に立てる結び松心も解けずいにしへ思ほゆ未詳 |
145 | 鳥翔成あり通ひつつ見らめども人こそ知らね松は知るらむ |
146 | 後見むと君が結べる磐代の小松がうれをまたも見むかも |
147 | 天の原振り放け見れば大君の御寿は長く天足らしたり |
148 | 青旗の木幡の上を通ふとは目には見れども直に逢はぬかも |
149 | 人はよし思ひやむとも玉葛影に見えつつ忘らえぬかも |
150 | うつせみし神に堪へねば離れ居て朝嘆く君放り居て我が恋ふる君玉ならば手に巻き持ちて衣ならば脱く時もなく我が恋ふる君ぞ昨夜の夜夢に見えつる |
151 | かからむとかねて知りせば大御船泊てし泊りに標結はましを額田王 |
152 | やすみしし我ご大君の大御船待ちか恋ふらむ志賀の唐崎舎人吉年 |
153 | 鯨魚取り近江の海を沖放けて漕ぎ来る船辺付きて漕ぎ来る船沖つ櫂いたくな撥ねそ辺つ櫂いたくな撥ねそ若草の夫の思ふ鳥立つ |
154 | 楽浪の大山守は誰がためか山に標結ふ君もあらなくに |
155 | やすみしし我ご大君の畏きや御陵仕ふる山科の鏡の山に夜はも夜のことごと昼はも日のことごと哭のみを泣きつつありてやももしきの大宮人は行き別れなむ |
156 | みもろの神の神杉已具耳矣自得見監乍共寝ねぬ夜ぞ多き |
157 | 三輪山の山辺真麻木綿短か木綿かくのみからに長くと思ひき |
158 | 山吹の立ちよそひたる山清水汲みに行かめど道の知らなく |
159 | やすみしし我が大君の夕されば見したまふらし明け来れば問ひたまふらし神岳の山の黄葉を今日もかも問ひたまはまし明日もかも見したまはましその山を振り放け見つつ夕さればあやに悲しみ明け来ればうらさび暮らし荒栲の衣の袖は干る時もなし |
160 | 燃ゆる火も取りて包みて袋には入ると言はずやも智男雲 |
161 | 北山にたなびく雲の青雲の星離り行き月を離れて |
162 | 明日香の清御原の宮に天の下知らしめししやすみしし我が大君高照らす日の御子いかさまに思ほしめせか神風の伊勢の国は沖つ藻も靡みたる波に潮気のみ香れる国に味凝りあやにともしき高照らす日の御子 |
163 | 神風の伊勢の国にもあらましを何しか来けむ君もあらなくに |
164 | 見まく欲り我がする君もあらなくに何しか来けむ馬疲るるに |
165 | うつそみの人にある我れや明日よりは二上山を弟背と我が見む |
166 | 磯の上に生ふる馬酔木を手折らめど見すべき君が在りと言はなくに |
167 | 天地の初めの時ひさかたの天の河原に八百万千万神の神集ひ集ひいまして神分り分りし時に天照らす日女の命一云さしのぼる日女の命天をば知らしめすと葦原の瑞穂の国を天地の寄り合ひの極み知らしめす神の命と天雲の八重かき別きて一云天雲の八重雲別きて神下しいませまつりし高照らす日の御子は飛ぶ鳥の清御原の宮に神ながら太敷きましてすめろきの敷きます国と天の原岩戸を開き神上り上りいましぬ一云神登りいましにしかば我が大君皇子の命の天の下知らしめしせば春花の貴くあらむと望月の満しけむと天の下食す国四方の人の大船の思ひ頼みて天つ水仰ぎて待つにいかさまに思ほしめせかつれもなき真弓の岡に宮柱太敷きいましみあらかを高知りまして朝言に御言問はさぬ日月の数多くなりぬれそこ故に皇子の宮人ゆくへ知らずも一云さす竹の皇子の宮人ゆくへ知らにす |
168 | ひさかたの天見るごとく仰ぎ見し皇子の御門の荒れまく惜しも |
169 | あかねさす日は照らせれどぬばたまの夜渡る月の隠らく惜しも |
170 | 嶋の宮まがりの池の放ち鳥人目に恋ひて池に潜かず |
171 | 高照らす我が日の御子の万代に国知らさまし嶋の宮はも |
172 | 嶋の宮上の池なる放ち鳥荒びな行きそ君座さずとも |
173 | 高照らす我が日の御子のいましせば島の御門は荒れずあらましを |
174 | 外に見し真弓の岡も君座せば常つ御門と侍宿するかも |
175 | 夢にだに見ずありしものをおほほしく宮出もするかさ桧の隈廻を |
176 | 天地とともに終へむと思ひつつ仕へまつりし心違ひぬ |
177 | 朝日照る佐田の岡辺に群れ居つつ我が泣く涙やむ時もなし |
178 | み立たしの島を見る時にはたづみ流るる涙止めぞかねつる |
179 | 橘の嶋の宮には飽かぬかも佐田の岡辺に侍宿しに行く |
180 | み立たしの島をも家と棲む鳥も荒びな行きそ年かはるまで |
181 | み立たしの島の荒礒を今見れば生ひざりし草生ひにけるかも |
182 | 鳥座立て飼ひし雁の子巣立ちなば真弓の岡に飛び帰り来ね |
183 | 我が御門千代とことばに栄えむと思ひてありし我れし悲しも |
184 | 東のたぎの御門に侍へど昨日も今日も召す言もなし |
185 | 水伝ふ礒の浦廻の岩つつじ茂く咲く道をまたも見むかも |
186 | 一日には千たび参りし東の大き御門を入りかてぬかも |
187 | つれもなき佐田の岡辺に帰り居ば島の御階に誰れか住まはむ |
188 | 朝ぐもり日の入り行けばみ立たしの島に下り居て嘆きつるかも |
189 | 朝日照る嶋の御門におほほしく人音もせねばまうら悲しも |
190 | 真木柱太き心はありしかどこの我が心鎮めかねつも |
191 | けころもを時かたまけて出でましし宇陀の大野は思ほえむかも |
192 | 朝日照る佐田の岡辺に泣く鳥の夜哭きかへらふこの年ころを |
193 | 畑子らが夜昼といはず行く道を我れはことごと宮道にぞする |
194 | 飛ぶ鳥の明日香の川の上つ瀬に生ふる玉藻は下つ瀬に流れ触らばふ玉藻なすか寄りかく寄り靡かひし嬬の命のたたなづく柔肌すらを剣太刀身に添へ寝ねばぬばたまの夜床も荒るらむ一云荒れなむそこ故に慰めかねてけだしくも逢ふやと思ひて一云君も逢ふやと玉垂の越智の大野の朝露に玉藻はひづち夕霧に衣は濡れて草枕旅寝かもする逢はぬ君故 |
195 | 敷栲の袖交へし君玉垂の越智野過ぎ行くまたも逢はめやも一云越智野に過ぎぬ |
196 | 飛ぶ鳥の明日香の川の上つ瀬に石橋渡し一云石なみ下つ瀬に打橋渡す石橋に一云石なみに生ひ靡ける玉藻もぞ絶ゆれば生ふる打橋に生ひををれる川藻もぞ枯るれば生ゆるなにしかも我が大君の立たせば玉藻のもころ臥やせば川藻のごとく靡かひし宜しき君が朝宮を忘れたまふや夕宮を背きたまふやうつそみと思ひし時に春へは花折りかざし秋立てば黄葉かざし敷栲の袖たづさはり鏡なす見れども飽かず望月のいやめづらしみ思ほしし君と時々出でまして遊びたまひし御食向ふ城上の宮を常宮と定めたまひてあぢさはふ目言も絶えぬしかれかも一云そこをしもあやに悲しみぬえ鳥の片恋づま一云しつつ朝鳥の一云朝霧の通はす君が夏草の思ひ萎えて夕星のか行きかく行き大船のたゆたふ見れば慰もる心もあらずそこ故に為むすべ知れや音のみも名のみも絶えず天地のいや遠長く偲ひ行かむ御名に懸かせる明日香川万代までにはしきやし我が大君の形見かここを |
197 | 明日香川しがらみ渡し塞かませば流るる水ものどにかあらまし一云水の淀にかあらまし |
198 | 明日香川明日だに一云さへ見むと思へやも一云思へかも我が大君の御名忘れせぬ一云御名忘らえぬ |
199 | かけまくもゆゆしきかも一云ゆゆしけれども言はまくもあやに畏き明日香の真神の原にひさかたの天つ御門を畏くも定めたまひて神さぶと磐隠りますやすみしし我が大君のきこしめす背面の国の真木立つ不破山超えて高麗剣和射見が原の仮宮に天降りいまして天の下治めたまひ一云掃ひたまひて食す国を定めたまふと鶏が鳴く東の国の御いくさを召したまひてちはやぶる人を和せと奉ろはぬ国を治めと一云掃へと皇子ながら任したまへば大御身に大刀取り佩かし大御手に弓取り持たし御軍士を率ひたまひ整ふる鼓の音は雷の声と聞くまで吹き鳴せる小角の音も一云笛の音は敵見たる虎か吼ゆると諸人のおびゆるまでに一云聞き惑ふまでささげたる幡の靡きは冬こもり春さり来れば野ごとにつきてある火の一云冬こもり春野焼く火の風の共靡くがごとく取り持てる弓弭の騒きみ雪降る冬の林に一云木綿の林つむじかもい巻き渡ると思ふまで聞きの畏く一云諸人の見惑ふまでに引き放つ矢の繁けく大雪の乱れて来れ一云霰なすそちより来ればまつろはず立ち向ひしも露霜の消なば消ぬべく行く鳥の争ふはしに一云朝霜の消なば消とふにうつせみと争ふはしに渡会の斎きの宮ゆ神風にい吹き惑はし天雲を日の目も見せず常闇に覆ひ賜ひて定めてし瑞穂の国を神ながら太敷きましてやすみしし我が大君の天の下申したまへば万代にしかしもあらむと一云かくしもあらむと木綿花の栄ゆる時に我が大君皇子の御門を一云刺す竹の皇子の御門を神宮に装ひまつりて使はしし御門の人も白栲の麻衣着て埴安の御門の原にあかねさす日のことごと獣じものい匍ひ伏しつつぬばたまの夕になれば大殿を振り放け見つつ鶉なすい匍ひ廻り侍へど侍ひえねば春鳥のさまよひぬれば嘆きもいまだ過ぎぬに思ひもいまだ尽きねば言さへく百済の原ゆ神葬り葬りいましてあさもよし城上の宮を常宮と高く奉りて神ながら鎮まりましぬしかれども我が大君の万代と思ほしめして作らしし香具山の宮万代に過ぎむと思へや天のごと振り放け見つつ玉たすき懸けて偲はむ畏かれども |
200 | ひさかたの天知らしぬる君故に日月も知らず恋ひわたるかも |
201 | 埴安の池の堤の隠り沼のゆくへを知らに舎人は惑ふ |
202 | 哭沢の神社に三輪据ゑ祈れども我が大君は高日知らしぬ |
203 | 降る雪はあはにな降りそ吉隠の猪養の岡の塞なさまくに |
204 | やすみしし我が大君高照らす日の御子ひさかたの天つ宮に神ながら神といませばそこをしもあやに畏み昼はも日のことごと夜はも夜のことごと伏し居嘆けど飽き足らぬかも |
205 | 大君は神にしませば天雲の五百重が下に隠りたまひぬ |
206 | 楽浪の志賀さざれ波しくしくに常にと君が思ほせりける |
207 | 天飛ぶや軽の道は我妹子が里にしあればねもころに見まく欲しけどやまず行かば人目を多み数多く行かば人知りぬべみさね葛後も逢はむと大船の思ひ頼みて玉かぎる岩垣淵の隠りのみ恋ひつつあるに渡る日の暮れぬるがごと照る月の雲隠るごと沖つ藻の靡きし妹は黄葉の過ぎて去にきと玉梓の使の言へば梓弓音に聞きて一云音のみ聞きて言はむすべ為むすべ知らに音のみを聞きてありえねば我が恋ふる千重の一重も慰もる心もありやと我妹子がやまず出で見し軽の市に我が立ち聞けば玉たすき畝傍の山に鳴く鳥の声も聞こえず玉桙の道行く人もひとりだに似てし行かねばすべをなみ妹が名呼びて袖ぞ振りつる一云名のみを聞きてありえねば |
208 | 秋山の黄葉を茂み惑ひぬる妹を求めむ山道知らずも一云道知らずして |
209 | 黄葉の散りゆくなへに玉梓の使を見れば逢ひし日思ほゆ |
210 | うつせみと思ひし時に一云うつそみと思ひし取り持ちて我がふたり見し走出の堤に立てる槻の木のこちごちの枝の春の葉の茂きがごとく思へりし妹にはあれど頼めりし子らにはあれど世間を背きしえねばかぎるひの燃ゆる荒野に白栲の天領巾隠り鳥じもの朝立ちいまして入日なす隠りにしかば我妹子が形見に置けるみどり子の乞ひ泣くごとに取り与ふ物しなければ男じもの脇ばさみ持ち我妹子とふたり我が寝し枕付く妻屋のうちに昼はもうらさび暮らし夜はも息づき明かし嘆けども為むすべ知らに恋ふれども逢ふよしをなみ大鳥の羽がひの山に我が恋ふる妹はいますと人の言へば岩根さくみてなづみ来しよけくもぞなきうつせみと思ひし妹が玉かぎるほのかにだにも見えなく思へば |
211 | 去年見てし秋の月夜は照らせれど相見し妹はいや年離る |
212 | 衾道を引手の山に妹を置きて山道を行けば生けりともなし |
213 | うつそみと思ひし時にたづさはり我がふたり見し出立の百枝槻の木こちごちに枝させるごと春の葉の茂きがごとく思へりし妹にはあれど頼めりし妹にはあれど世間を背きしえねばかぎるひの燃ゆる荒野に白栲の天領巾隠り鳥じもの朝立ちい行きて入日なす隠りにしかば我妹子が形見に置けるみどり子の乞ひ泣くごとに取り与ふ物しなければ男じもの脇ばさみ持ち我妹子と二人我が寝し枕付く妻屋のうちに昼はうらさび暮らし夜は息づき明かし嘆けども為むすべ知らに恋ふれども逢ふよしをなみ大鳥の羽がひの山に汝が恋ふる妹はいますと人の言へば岩根さくみてなづみ来しよけくもぞなきうつそみと思ひし妹が灰にてませば |
214 | 去年見てし秋の月夜は渡れども相見し妹はいや年離る |
215 | 衾道を引手の山に妹を置きて山道思ふに生けるともなし |
216 | 家に来て我が屋を見れば玉床の外に向きけり妹が木枕 |
217 | 秋山のしたへる妹なよ竹のとをよる子らはいかさまに思ひ居れか栲縄の長き命を露こそば朝に置きて夕は消ゆといへ霧こそば夕に立ちて朝は失すといへ梓弓音聞く我れもおほに見しこと悔しきを敷栲の手枕まきて剣太刀身に添へ寝けむ若草のその嬬の子は寂しみか思ひて寝らむ悔しみか思ひ恋ふらむ時ならず過ぎにし子らが朝露のごと夕霧のごと |
218 | 楽浪の志賀津の子らが一云志賀の津の子が罷り道の川瀬の道を見れば寂しも |
219 | そら数ふ大津の子が逢ひし日におほに見しかば今ぞ悔しき |
220 | 玉藻よし讃岐の国は国からか見れども飽かぬ神からかここだ貴き天地日月とともに足り行かむ神の御面と継ぎ来る那珂の港ゆ船浮けて我が漕ぎ来れば時つ風雲居に吹くに沖見ればとゐ波立ち辺見れば白波騒く鯨魚取り海を畏み行く船の梶引き折りてをちこちの島は多けど名ぐはし狭岑の島の荒磯面に廬りて見れば波の音の繁き浜辺を敷栲の枕になして荒床にころ臥す君が家知らば行きても告げむ妻知らば来も問はましを玉桙の道だに知らずおほほしく待ちか恋ふらむはしき妻らは |
221 | 妻もあらば摘みて食げまし沙弥の山野の上のうはぎ過ぎにけらずや |
222 | 沖つ波来寄る荒礒を敷栲の枕とまきて寝せる君かも |
223 | 鴨山の岩根しまける我れをかも知らにと妹が待ちつつあるらむ |
224 | 今日今日と我が待つ君は石川の峽に一云谷に交りてありといはずやも |
225 | 直の逢ひは逢ひかつましじ石川に雲立ち渡れ見つつ偲はむ |
226 | 荒波に寄り来る玉を枕に置き我れここにありと誰れか告げなむ |
227 | 天離る鄙の荒野に君を置きて思ひつつあれば生けるともなし |
228 | 妹が名は千代に流れむ姫島の小松がうれに蘿生すまでに |
229 | 難波潟潮干なありそね沈みにし妹が姿を見まく苦しも |
230 | 梓弓手に取り持ちてますらをのさつ矢手挟み立ち向ふ高円山に春野焼く野火と見るまで燃ゆる火を何かと問へば玉鉾の道来る人の泣く涙こさめに降れば白栲の衣ひづちて立ち留まり我れに語らくなにしかももとなとぶらふ聞けば哭のみし泣かゆ語れば心ぞ痛き天皇の神の御子のいでましの手火の光りぞここだ照りたる |
231 | 高円の野辺の秋萩いたづらに咲きか散るらむ見る人なしに |
232 | 御笠山野辺行く道はこきだくも繁く荒れたるか久にあらなくに |
233 | 高円の野辺の秋萩な散りそね君が形見に見つつ偲はむ |
234 | 御笠山野辺ゆ行く道こきだくも荒れにけるかも久にあらなくに |