万葉集の第9巻を一覧にまとめました。
万葉集の第9巻一覧
1664 | 夕されば小倉の山に伏す鹿の今夜は鳴かず寐ねにけらしも |
1665 | 妹がため我れ玉拾ふ沖辺なる玉寄せ持ち来沖つ白波 |
1666 | 朝霧に濡れにし衣干さずしてひとりか君が山道越ゆらむ |
1667 | 妹がため我れ玉求む沖辺なる白玉寄せ来沖つ白波 |
1668 | 白崎は幸くあり待て大船に真梶しじ貫きまたかへり見む |
1669 | 南部の浦潮な満ちそね鹿島なる釣りする海人を見て帰り来む |
1670 | 朝開き漕ぎ出て我れは由良の崎釣りする海人を見て帰り来む |
1671 | 由良の崎潮干にけらし白神の礒の浦廻をあへて漕ぐなり |
1672 | 黒牛潟潮干の浦を紅の玉裳裾引き行くは誰が妻 |
1673 | 風莫の浜の白波いたづらにここに寄せ来る見る人なしに一云ここに寄せ来も |
1674 | 我が背子が使来むかと出立のこの松原を今日か過ぎなむ |
1675 | 藤白の御坂を越ゆと白栲の我が衣手は濡れにけるかも |
1676 | 背の山に黄葉常敷く神岳の山の黄葉は今日か散るらむ |
1677 | 大和には聞こえも行くか大我野の竹葉刈り敷き廬りせりとは |
1678 | 紀の国の昔弓雄の鳴り矢もち鹿取り靡けし坂の上にぞある |
1679 | 紀の国にやまず通はむ妻の杜妻寄しこせね妻といひながら一云妻賜はにも妻といひながら |
1680 | あさもよし紀へ行く君が真土山越ゆらむ今日ぞ雨な降りそね |
1681 | 後れ居て我が恋ひ居れば白雲のたなびく山を今日か越ゆらむ |
1682 | とこしへに夏冬行けや裘扇放たぬ山に住む人 |
1683 | 妹が手を取りて引き攀ぢふさ手折り我がかざすべく花咲けるかも |
1684 | 春山は散り過ぎぬとも三輪山はいまだふふめり君待ちかてに |
1685 | 川の瀬のたぎつを見れば玉藻かも散り乱れたる川の常かも |
1686 | 彦星のかざしの玉の妻恋ひに乱れにけらしこの川の瀬に |
1687 | 白鳥の鷺坂山の松蔭に宿りて行かな夜も更けゆくを |
1688 | あぶり干す人もあれやも濡れ衣を家には遣らな旅のしるしに |
1689 | あり衣辺につきて漕がさね杏人の浜を過ぐれば恋しくありなり |
1690 | 高島の阿渡川波は騒けども我れは家思ふ宿り悲しみ |
1691 | 旅なれば夜中をさして照る月の高島山に隠らく惜しも |
1692 | 我が恋ふる妹は逢はさず玉の浦に衣片敷き独りかも寝む |
1693 | 玉櫛笥明けまく惜しきあたら夜を衣手離れて独りかも寝む |
1694 | 栲領巾の鷺坂山の白つつじ我れににほはに妹に示さむ |
1695 | 妹が門入り泉川の常滑にみ雪残れりいまだ冬かも |
1696 | 衣手の名木の川辺を春雨に我れ立ち濡ると家思ふらむか |
1697 | 家人の使ひにあらし春雨の避くれど我れを濡らさく思へば |
1698 | あぶり干す人もあれやも家人の春雨すらを間使ひにする |
1699 | 巨椋の入江響むなり射目人の伏見が田居に雁渡るらし |
1700 | 秋風に山吹の瀬の鳴るなへに天雲翔る雁に逢へるかも |
1701 | さ夜中と夜は更けぬらし雁が音の聞こゆる空ゆ月渡る見ゆ |
1702 | 妹があたり繁き雁が音夕霧に来鳴きて過ぎぬすべなきまでに |
1703 | 雲隠り雁鳴く時は秋山の黄葉片待つ時は過ぐれど |
1704 | ふさ手折り多武の山霧繁みかも細川の瀬に波の騒ける |
1705 | 冬こもり春へを恋ひて植ゑし木の実になる時を片待つ我れぞ |
1706 | ぬばたまの夜霧は立ちぬ衣手の高屋の上にたなびくまでに |
1707 | 山背の久世の鷺坂神代より春は張りつつ秋は散りけり |
1708 | 春草を馬咋山ゆ越え来なる雁の使は宿り過ぐなり |
1709 | 御食向ふ南淵山の巌には降りしはだれか消え残りたる |
1710 | 我妹子が赤裳ひづちて植ゑし田を刈りて収めむ倉無の浜 |
1711 | 百伝ふ八十の島廻を漕ぎ来れど粟の小島は見れど飽かぬかも |
1712 | 天の原雲なき宵にぬばたまの夜渡る月の入らまく惜しも |
1713 | 滝の上の三船の山ゆ秋津辺に来鳴き渡るは誰れ呼子鳥 |
1714 | 落ちたぎち流るる水の岩に触れ淀める淀に月の影見ゆ |
1715 | 楽浪の比良山風の海吹けば釣りする海人の袖返る見ゆ |
1716 | 白波の浜松の木の手向けくさ幾代までにか年は経ぬらむ |
1717 | 三川の淵瀬もおちず小網さすに衣手濡れぬ干す子はなしに |
1718 | 率ひて漕ぎ行く舟は高島の安曇の港に泊てにけむかも |
1719 | 照る月を雲な隠しそ島蔭に我が舟泊てむ泊り知らずも |
1720 | 馬並めてうち群れ越え来今日見つる吉野の川をいつかへり見む |
1721 | 苦しくも暮れゆく日かも吉野川清き川原を見れど飽かなくに |
1722 | 吉野川川波高み滝の浦を見ずかなりなむ恋しけまくに |
1723 | かわづ鳴く六田の川の川柳のねもころ見れど飽かぬ川かも |
1724 | 見まく欲り来しくもしるく吉野川音のさやけさ見るにともしく |
1725 | いにしへの賢しき人の遊びけむ吉野の川原見れど飽かぬかも |
1726 | 難波潟潮干に出でて玉藻刈る海人娘子ども汝が名告らさね |
1727 | あさりする人とを見ませ草枕旅行く人に我が名は告らじ |
1728 | 慰めて今夜は寝なむ明日よりは恋ひかも行かむこゆ別れなば |
1729 | 暁の夢に見えつつ梶島の礒越す波のしきてし思ほゆ |
1730 | 山科の石田の小野のははそ原見つつか君が山道越ゆらむ |
1731 | 山科の石田の杜に幣置かばけだし我妹に直に逢はむかも |
1732 | 大葉山霞たなびきさ夜更けて我が舟泊てむ泊り知らずも |
1733 | 思ひつつ来れど来かねて三尾の崎真長の浦をまたかへり見つ |
1734 | 高島の安曇の港を漕ぎ過ぎて塩津菅浦今か漕ぐらむ |
1735 | 我が畳三重の川原の礒の裏にかくしもがもと鳴くかはづかも |
1736 | 山高み白木綿花に落ちたぎつ夏身の川門見れど飽かぬかも |
1737 | 大滝を過ぎて夏身に近づきて清き川瀬を見るがさやけさ |
1738 | しなが鳥安房に継ぎたる梓弓周淮の珠名は胸別けの広き我妹腰細のすがる娘子のその顔のきらきらしきに花のごと笑みて立てれば玉桙の道行く人はおのが行く道は行かずて呼ばなくに門に至りぬさし並ぶ隣の君はあらかじめ己妻離れて乞はなくに鍵さへ奉る人皆のかく惑へればたちしなひ寄りてぞ妹はたはれてありける |
1739 | 金門にし人の来立てば夜中にも身はたな知らず出でてぞ逢ひける |
1740 | 春の日の霞める時に住吉の岸に出で居て釣舟のとをらふ見ればいにしへのことぞ思ほゆる水江の浦島の子が鰹釣り鯛釣りほこり七日まで家にも来ずて海境を過ぎて漕ぎ行くに海神の神の娘子にたまさかにい漕ぎ向ひ相とぶらひ言成りしかばかき結び常世に至り海神の神の宮の内のへの妙なる殿にたづさはりふたり入り居て老いもせず死にもせずして長き世にありけるものを世間の愚か人の我妹子に告りて語らくしましくは家に帰りて父母に事も告らひ明日のごと我れは来なむと言ひければ妹が言へらく常世辺にまた帰り来て今のごと逢はむとならばこの櫛笥開くなゆめとそこらくに堅めし言を住吉に帰り来りて家見れど家も見かねて里見れど里も見かねてあやしみとそこに思はく家ゆ出でて三年の間に垣もなく家失せめやとこの箱を開きて見てばもとのごと家はあらむと玉櫛笥少し開くに白雲の箱より出でて常世辺にたなびきぬれば立ち走り叫び袖振りこいまろび足ずりしつつたちまちに心消失せぬ若くありし肌も皺みぬ黒くありし髪も白けぬゆなゆなは息さへ絶えて後つひに命死にける水江の浦島の子が家ところ見ゆ |
1741 | 常世辺に住むべきものを剣大刀汝が心からおそやこの君 |
1742 | しな照る片足羽川のさ丹塗りの大橋の上ゆ紅の赤裳裾引き山藍もち摺れる衣着てただ独りい渡らす子は若草の夫かあるらむ橿の実の独りか寝らむ問はまくの欲しき我妹が家の知らなく |
1743 | 大橋の頭に家あらばま悲しく独り行く子に宿貸さましを |
1744 | 埼玉の小埼の沼に鴨ぞ羽霧るおのが尾に降り置ける霜を掃ふとにあらし |
1745 | 三栗の那賀に向へる曝井の絶えず通はむそこに妻もが |
1746 | 遠妻し多賀にありせば知らずとも手綱の浜の尋ね来なまし |
1747 | 白雲の龍田の山の瀧の上の小椋の嶺に咲きををる桜の花は山高み風しやまねば春雨の継ぎてし降ればほつ枝は散り過ぎにけり下枝に残れる花はしましくは散りな乱ひそ草枕旅行く君が帰り来るまで |
1748 | 我が行きは七日は過ぎじ龍田彦ゆめこの花を風にな散らし |
1749 | 白雲の龍田の山を夕暮れにうち越え行けば瀧の上の桜の花は咲きたるは散り過ぎにけりふふめるは咲き継ぎぬべしこちごちの花の盛りにあらずとも君がみ行きは今にしあるべし |
1750 | 暇あらばなづさひ渡り向つ峰の桜の花も折らましものを |
1751 | 島山をい行き廻れる川沿ひの岡辺の道ゆ昨日こそ我が越え来しか一夜のみ寝たりしからに峰の上の桜の花は瀧の瀬ゆ散らひて流る君が見むその日までには山おろしの風な吹きそとうち越えて名に負へる杜に風祭せな |
1752 | い行き逢ひの坂のふもとに咲きををる桜の花を見せむ子もがも |
1753 | 衣手常陸の国の二並ぶ筑波の山を見まく欲り君来ませりと暑けくに汗かき嘆げ木の根取りうそぶき登り峰の上を君に見すれば男神も許したまひ女神もちはひたまひて時となく雲居雨降る筑波嶺をさやに照らしていふかりし国のまほらをつばらかに示したまへば嬉しみと紐の緒解きて家のごと解けてぞ遊ぶうち靡く春見ましゆは夏草の茂くはあれど今日の楽しさ |
1754 | 今日の日にいかにかしかむ筑波嶺に昔の人の来けむその日も |
1755 | 鴬の卵の中に霍公鳥独り生れて己が父に似ては鳴かず己が母に似ては鳴かず卯の花の咲きたる野辺ゆ飛び翔り来鳴き響もし橘の花を居散らしひねもすに鳴けど聞きよし賄はせむ遠くな行きそ我が宿の花橘に住みわたれ鳥 |
1756 | かき霧らし雨の降る夜を霍公鳥鳴きて行くなりあはれその鳥 |
1757 | 草枕旅の憂へを慰もることもありやと筑波嶺に登りて見れば尾花散る師付の田居に雁がねも寒く来鳴きぬ新治の鳥羽の淡海も秋風に白波立ちぬ筑波嶺のよけくを見れば長き日に思ひ積み来し憂へはやみぬ |
1758 | 筑波嶺の裾廻の田居に秋田刈る妹がり遣らむ黄葉手折らな |
1759 | 鷲の住む筑波の山の裳羽服津のその津の上に率ひて娘子壮士の行き集ひかがふかがひに人妻に我も交らむ我が妻に人も言問へこの山をうしはく神の昔より禁めぬわざぞ今日のみはめぐしもな見そ事もとがむなの歌は、東の俗語に賀我比と曰ふ |
1760 | 男神に雲立ち上りしぐれ降り濡れ通るとも我れ帰らめや |
1761 | 三諸の神奈備山にたち向ふ御垣の山に秋萩の妻をまかむと朝月夜明けまく惜しみあしひきの山彦響め呼びたて鳴くも |
1762 | 明日の宵逢はざらめやもあしひきの山彦響め呼びたて鳴くも |
1763 | 倉橋の山を高みか夜隠りに出で来る月の片待ちかたき |
1764 | 久方の天の川に上つ瀬に玉橋渡し下つ瀬に舟浮け据ゑ雨降りて風吹かずとも風吹きて雨降らずとも裳濡らさずやまず来ませと玉橋渡す |
1765 | 天の川霧立ちわたる今日今日と我が待つ君し舟出すらしも |
1766 | 我妹子は釧にあらなむ左手の我が奥の手に巻きて去なましを |
1767 | 豊国の香春は我家紐児にいつがり居れば香春は我家 |
1768 | 石上布留の早稲田の穂には出でず心のうちに恋ふるこのころ |
1769 | かくのみし恋ひしわたればたまきはる命も我れは惜しけくもなし |
1770 | みもろの神の帯ばせる泊瀬川水脈し絶えずは我れ忘れめや |
1771 | 後れ居て我れはや恋ひむ春霞たなびく山を君が越え去なば |
1772 | 後れ居て我れはや恋ひむ印南野の秋萩見つつ去なむ子故に |
1773 | 神なびの神寄せ板にする杉の思ひも過ぎず恋の繁きに |
1774 | たらちねの母の命の言にあらば年の緒長く頼め過ぎむや |
1775 | 泊瀬川夕渡り来て我妹子が家の金門に近づきにけり |
1776 | 絶等寸の山の峰の上の桜花咲かむ春へは君し偲はむ |
1777 | 君なくはなぞ身装はむ櫛笥なる黄楊の小櫛も取らむとも思はず |
1778 | 明日よりは我れは恋ひむな名欲山岩踏み平し君が越え去なば |
1779 | 命をしま幸くもがも名欲山岩踏み平しまたまたも来む |
1780 | ことひ牛の三宅の潟にさし向ふ鹿島の崎にさ丹塗りの小舟を設け玉巻きの小楫繁貫き夕潮の満ちのとどみに御船子を率ひたてて呼びたてて御船出でなば浜も狭に後れ並み居てこいまろび恋ひかも居らむ足すりし音のみや泣かむ海上のその津を指して君が漕ぎ行かば |
1781 | 海つ道のなぎなむ時も渡らなむかく立つ波に船出すべしや |
1782 | 雪こそば春日消ゆらめ心さへ消え失せたれや言も通はぬ |
1783 | 松返りしひてあれやは三栗の中上り来ぬ麻呂といふ奴 |
1784 | 海神のいづれの神を祈らばか行くさも来さも船の早けむ |
1785 | 人となることはかたきをわくらばになれる我が身は死にも生きも君がまにまと思ひつつありし間にうつせみの世の人なれば大君の命畏み天離る鄙治めにと朝鳥の朝立ちしつつ群鳥の群立ち行かば留まり居て我れは恋ひむな見ず久ならば |
1786 | み越道の雪降る山を越えむ日は留まれる我れを懸けて偲はせ |
1787 | うつせみの世の人なれば大君の命畏み敷島の大和の国の石上布留の里に紐解かず丸寝をすれば我が着たる衣はなれぬ見るごとに恋はまされど色に出でば人知りぬべみ冬の夜の明かしもえぬを寐も寝ずに我れはぞ恋ふる妹が直香に |
1788 | 布留山ゆ直に見わたす都にぞ寐も寝ず恋ふる遠くあらなくに |
1789 | 我妹子が結ひてし紐を解かめやも絶えば絶ゆとも直に逢ふまでに |
1790 | 秋萩を妻どふ鹿こそ独り子に子持てりといへ鹿子じもの我が独り子の草枕旅にし行けば竹玉を繁に貫き垂れ斎瓮に木綿取り垂でて斎ひつつ我が思ふ我子ま幸くありこそ |
1791 | 旅人の宿りせむ野に霜降らば我が子羽ぐくめ天の鶴群 |
1792 | 白玉の人のその名をなかなかに言を下延へ逢はぬ日の数多く過ぐれば恋ふる日の重なりゆけば思ひ遣るたどきを知らに肝向ふ心砕けて玉たすき懸けぬ時なく口やまず我が恋ふる子を玉釧手に取り持ちてまそ鏡直目に見ねばしたひ山下行く水の上に出でず我が思ふ心安きそらかも |
1793 | 垣ほなす人の横言繁みかも逢はぬ日数多く月の経ぬらむ |
1794 | たち変り月重なりて逢はねどもさね忘らえず面影にして |
1795 | 妹らがり今木の嶺に茂り立つ嬬松の木は古人見けむ |
1796 | 黄葉の過ぎにし子らと携はり遊びし礒を見れば悲しも |
1797 | 潮気立つ荒礒にはあれど行く水の過ぎにし妹が形見とぞ来し |
1798 | いにしへに妹と我が見しぬばたまの黒牛潟を見れば寂しも |
1799 | 玉津島礒の浦廻の真砂にもにほひて行かな妹も触れけむ |
1800 | 小垣内の麻を引き干し妹なねが作り着せけむ白栲の紐をも解かず一重結ふ帯を三重結ひ苦しきに仕へ奉りて今だにも国に罷りて父母も妻をも見むと思ひつつ行きけむ君は鶏が鳴く東の国の畏きや神の御坂に和妙の衣寒らにぬばたまの髪は乱れて国問へど国をも告らず家問へど家をも言はずますらをの行きのまにまにここに臥やせる |
1801 | 古へのますら壮士の相競ひ妻問ひしけむ葦屋の菟原娘子の奥城を我が立ち見れば長き世の語りにしつつ後人の偲ひにせむと玉桙の道の辺近く岩構へ造れる塚を天雲のそくへの極みこの道を行く人ごとに行き寄りてい立ち嘆かひある人は哭にも泣きつつ語り継ぎ偲ひ継ぎくる娘子らが奥城処我れさへに見れば悲しも古へ思へば |
1802 | 古への信太壮士の妻問ひし菟原娘子の奥城ぞこれ |
1803 | 語り継ぐからにもここだ恋しきを直目に見けむ古へ壮士 |
1804 | 父母が成しのまにまに箸向ふ弟の命は朝露の消やすき命神の共争ひかねて葦原の瑞穂の国に家なみかまた帰り来ぬ遠つ国黄泉の境に延ふ蔦のおのが向き向き天雲の別れし行けば闇夜なす思ひ惑はひ射ゆ鹿の心を痛み葦垣の思ひ乱れて春鳥の哭のみ泣きつつあぢさはふ夜昼知らずかぎろひの心燃えつつ嘆く別れを |
1805 | 別れてもまたも逢ふべく思ほえば心乱れて我れ恋ひめやも一云心尽して |
1806 | あしひきの荒山中に送り置きて帰らふ見れば心苦しも |
1807 | 鶏が鳴く東の国に古へにありけることと今までに絶えず言ひける勝鹿の真間の手児名が麻衣に青衿着けひたさ麻を裳には織り着て髪だにも掻きは梳らず沓をだにはかず行けども錦綾の中に包める斎ひ子も妹にしかめや望月の足れる面わに花のごと笑みて立てれば夏虫の火に入るがごと港入りに舟漕ぐごとく行きかぐれ人の言ふ時いくばくも生けらじものを何すとか身をたな知りて波の音の騒く港の奥城に妹が臥やせる遠き代にありけることを昨日しも見けむがごとも思ほゆるかも |
1808 | 勝鹿の真間の井見れば立ち平し水汲ましけむ手児名し思ほゆ |
1809 | 葦屋の菟原娘子の八年子の片生ひの時ゆ小放りに髪たくまでに並び居る家にも見えず虚木綿の隠りて居れば見てしかといぶせむ時の垣ほなす人の問ふ時茅渟壮士菟原壮士の伏屋焚きすすし競ひ相よばひしける時は焼太刀の手かみ押しねり白真弓靫取り負ひて水に入り火にも入らむと立ち向ひ競ひし時に我妹子が母に語らくしつたまきいやしき我が故ますらをの争ふ見れば生けりとも逢ふべくあれやししくしろ黄泉に待たむと隠り沼の下延へ置きてうち嘆き妹が去ぬれば茅渟壮士その夜夢に見とり続き追ひ行きければ後れたる菟原壮士い天仰ぎ叫びおらび地を踏みきかみたけびてもころ男に負けてはあらじと懸け佩きの小太刀取り佩きところづら尋め行きければ親族どちい行き集ひ長き代に標にせむと遠き代に語り継がむと娘子墓中に造り置き壮士墓このもかのもに造り置ける故縁聞きて知らねども新喪のごとも哭泣きつるかも |
1810 | 芦屋の菟原娘子の奥城を行き来と見れば哭のみし泣かゆ |
1811 | 墓の上の木の枝靡けり聞きしごと茅渟壮士にし寄りにけらしも |